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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)719号 判決 1972年11月09日

上告人

安藤儀三外一名

右両名訴訟代理人

津田騰三

阿比留兼吉

被上告人

学校法人千葉工業大学

右代表者

宇佐美敬一郎外一二名

右一三名訴訟代理人

吉田太郎

被上告人松本栄一を除く被上告人一二名訴訟代理人

松本栄一

被上告人学校法人千葉工業大学

同宇佐美敬一郎

両名訴訟代理人

今井文雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人阿比留兼吉の上告理由第一点および第二点について。

被上告人学校法人千葉工業大学(以下、被上告法人という。)の昭和三四年一二月二七日開催の理事会の決議(原判決事実欄控訴の趣旨三項記載5の決議。以下、各決議につき、同様の数字で示す。)は、それ以前の無効な決議を追認するものではなく、新たに被上告人豊田耕作および川島正次郎を理事に選任し、理事長川崎守之助の辞任を承認し、川島正次郎を理事長に互選する趣旨のものであつて、右決議は有効になされたものであるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らして肯認することができ、右認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第三点について。

原審は、被上告人の本件各理事会および評議員会の決議が無効であることの確認を求める上告人らの請求につき、法律に特別の規定のないかぎり、単なる事実の確認または過去の法律関係の存否の確認を求めることは、その利益がないものとして許されないものであるところ、学校法人の理事会または評議員会の決議は、それによつて法律効果が生ずる場合でも、法律効果発生の要件事実であるにすぎず、しかも、私立学校法は、商法二五二条のような決議の無効確認の訴を認める規定を設けていないから、決議に基づいて発生した現在の具体的権利または法律関係の存否の確認を求めるのは格別、抽象的、総括的に過去の決議に遡つてその無効確認を求めることは、その利益を欠き、許されないものと解すべきであるとして、上告人らの訴を不適法と判断したのである。

思うに、およそ確認の訴におけるいわゆる確認の利益は、判決をもつて法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められる。このような法律関係の存否の確定は、右目的のために最も直接的かつ効果的になされることを要し、通常は、紛争の直接の対象である現在の法律関係について個別にその確認を求めるのが適当であるとともに、それをもつて足り、その前提となる法律関係、とくに過去の法律関係に遡つてその存否の確認を求めることは、その利益を欠くものと解される。しかし、ある基本的な法律関係から生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、現在の権利または法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえつて、これらの権利または法律関係の基本となる法律関係を確定することが、紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合においては、右の基本的な法律関係の存否の確認を求める訴も、それが現在の法律関係であるか過去のそれであるかを問わず、確認の利益があるものと認めて、これを許容すべきものと解するのが相当である。

ところで、法人の意思決定機関である会議体の決議は、法人の対内および対外関係における諸般の法律関係の基礎をなすものであるから、その決議の効力に関する疑義が前提となつて、右決議から派生した各種の法律関係につき現在紛争が存在するときに、決議自体の効力を既判力をもつて確定することが、紛争の解決のために最も有効適切な手段である場合がありうることは、否定しえないところと解される。商法二五二条は、株式会社における株主総会の決議の内容が法令または定款に違反する場合においては、その決議の無効の確認を請求する訴を提起することができ、決議を無効とする判決は、第三者に効力を及ぼす旨を規定しているが、これは、右のように、決議自体の効力を確定することが、決議を基礎とする諸般の法律関係について存する現在の法律上の紛争を抜本的に解決し、かつ、会社に関する法律関係を明確かつ画一的に決するための手段として、最も適切かつ必要であることに鑑み、かかる訴につき確認の利益を肯定したものと解される。そして、このような紛争の抜本的解決の必要性が株式会社のみに特有の現象であるとして、かかる訴がとくに例外的に認められたというものでないことは、他の若干の法人の意思決定機関の決議につき商法二五二条を準用する規定の存することによつても、窺い知ることができるのであるが、さらに、実定法上その旨の明文の規定が存在しない法人にあつても、同様の趣旨において、意思決定機関の決議がその本来の効力を生じたかどうかを確定することを求める訴を許容する実益の存する場合があることは否定しがたく、この点につき右の準用規定の存する法人と然らざるものとで截然と区別する実質的な理由は認められないのであつて、明文の準用規定を設けていない法人についても、商法二五二条を類推適用することは必ずしも許されないことではないと解すべきである。本件におけるように、学校法人の理事会または評議員会の決議が、理事、理事長、監事の選任ないし互選、それらの者の辞任の承認等を内容とする場合に、右決議の効力に疑義が存するときは、右決議に基づくこれら役員の地位について争いを生じ、ひいては、その後の理事会等の成立、他の役員の資格、役員のした業務執行行為および代表行為の効力等派生する法律関係について連鎖的に種々の紛争が生じうるのであつて、このような場合には、基本となる決議自体の効力を確定することが、紛争の抜本的解決のため適切かつ必要な手段であるというべきであり、私立学校法が商法二五二条を準用する規定を設けていないことを理由に、右決議の効力を争う訴につきその利益を否定することは、相当でないのである。

したがつて、学校法人の理事会または評議員会の決議の無効の確認を求める訴に、現に存する法律上の紛争の解決のため適切かつ必要と認められる場合には、許容されるものと解するのが相当である。これと異なり、前示のような見解のもとに、ただちに、本件各決議の無効確認の訴を不適法として却下した原審の判断は、違法たるを免れないものというべきである。

しかし、本件についてさらに検討するに、原審の認定した事実関係によれば、昭和三四年一一月一六日から同年一二月八日までに開催された四回の理事会の決議(原判示1ないし4の各決議)の無効は、同年一二月二七日の理事会の決議(原判示5の決議)が有効になされたことにより、その後の法律関係になんらの影響を及ぼしていないことが明らかであるから、その無効確認を求める利益がないと解される。次に、原審の判示するところによれば、右原判示5の決議により理事長に選任された川島正次郎の招集した昭和三五年一月一六日開催の理事会および評議員会の各決議(原判示6および7の各決議)、ならびに、右各決議によつて選任された理事によつて構成され、理事長川島正次郎の適法に招集した昭和三六年六月一三日開催の理事会および評議員会の決議(原判示8の決議)は、いずれも有効になされたものであり、上告人らは、同年四月二四日かぎり理事の任期が満了し、右原判示8の決議をもつて、任期満了による退任が承認されるとともに、後任の理事が選任されて、理事の職務を行なう地位をも失つたというのであつて、この点の認定判断は正当として是認することができる。そして、このような事実関係によれば、上告人らは、理事の地位ないし理事の職務を行なう地位を失い、もはや被上告法人およびその現役員らと特別の法律関係に立たないものであり、その後になされた理事会および評議員会の各決議(原判示9および10の各決議)の効力如何については、なんら法律上の利害関係を有しないものと解されるから、右各決議の無効確認を求める利益ないし適格を有しないものといわなければならない。したがつて、原判示1ないし4、9および10の各決議の無効確認につき、上告人らには確認の利益がないとしてその訴を却下すべきものとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。もつとも、原判示8の決議は上告人らの理事の職務を行なう地位を失わしめた直接の原因であり、同5ないし7の各決議は、右8の決議が有効になされるための前提をなすものであるから、現に理事の職務を行なう地位にあることを主張する上告人らは、これらの決議につき、その無効の確認を求める利益を有しないとはいえないが、右各決議が有効になされたことは右のとおりであるから、結局この部分の上告人らの請求も排斥を免れないことに帰する。

論旨は違憲をいう部分もあるが、実質は、本件決議無効確認の訴につき確認の利益を否定した原審の判断の違法を主張するものと解されるところ、原審の結論はこれを維持すべきものということができ、論旨は結局採用のかぎりでない。

上告代理人津田騰三の上告理由第一点および第二点について。

原審は、被上告法人の昭和三四年一二月二七日開催の理事会の決議(原判示5の決議)は、それ以前の無効な決議を追認したものではなく、新たな理事の選任、理事長の辞任の承認、新理事長の互選などを内容とするものであつた旨を認定し、右決議が有効であると判断しているのであつて、この認定判断が肯認しうるものであることは前示のとおりであり、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実認定を非難し、さらに原審の認定と異なる事実関係を前提として原審の判断の違法を主張するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 岩田誠 大隅健一郎 下田武三)

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